ナオ:……すみません、お待たせして。
ゴウ:いやいや。こちらこそ、喫茶店なんかに呼び出して悪かったね。
ナオ:いえ、そんなことは……
ゴウ:それで、今日来てもらったのは、この前受けてもらった歌のオーディションのことなんだ。
ナオ:は、はい。
ゴウ:端的に言うとね………非常によかった。
ナオ:……本当ですか?
ゴウ:ああ、特にサビでの高音の伸び、あれは素晴らしいね。
ナオ:あ、ありがとうございます……
ゴウ:それで、折り入って話があるんだけども……
ナオ:……はい。
ゴウ:我が社で、歌手として歌う気はないかい?
ナオ:…そ、それってつまり………
ゴウ:ああ、今すぐにでもCDデビューしてもらいたい。
ナオ:本当ですか!?
ゴウ:その気はあるかい?
ナオ:もちろんです!今までデビューを夢見て、ここまで歌ってきたんですから!
ゴウ:そうかそうか、それはこちらとしてもうれしい限りだ。
ナオ:はい!
ゴウ:ではキミにはこれから、女性シンガーとしてがんばってもらいたい。
ナオ:………はい?女性?
ゴウ:そうだ。
ナオ:…どういうことですかそれ!?
ゴウ:どういうことって、我が社の方針として、キミを女性シンガーとして売り出していくということだ。
ナオ:…なんですかそれ!まず僕は男ですから!バレますって!
ゴウ:大丈夫だ、キミの歌声を聴くかぎり、女声としか思えない。
ナオ:若干傷つきますそれ。男として。
ゴウ:それほど、キミの歌声は素晴らしいということだ。
ナオ:…そうなのかなあ。
ゴウ:もっと自分の声に自信を持ってくれていいんだ。この私が認めているのだから安心してくれてかまわない。
ナオ:で、でも………
ゴウ:大丈夫、キミにはアイドルシンガー「朱星りりる」として活躍するだけの素質が……
ナオ:ちょっと待って!…えっ、なんですかそのりりるって。
ゴウ:何って、キミの歌手としての名前だよ。
ナオ:なんなんですかその名前!ちょっと痛いですよ、りりるって!
ゴウ:キミの声を聞いたとき、ふっと浮かんだんだよ……
ナオ:なんで浮かんじゃったんですか!そんな声してるの僕!?
ゴウ:大丈夫、字画的にはすごくいい名前だそうだ。
ナオ:知りませんよそんなの!あの……しかもアイドルシンガーってことは、そういう感じの歌を歌わなきゃいけないんですか?
ゴウ:まあそういうことだな。
ナオ:嫌ですよ!僕は本格派の歌手として、自分の思いを伝えたいと思って歌手と志していたんですよ!
ゴウ:いいじゃないか、キャピキャピした曲でも。若さとかは伝わるぞ。
ナオ:そんなの伝えなくていいですよ!
ゴウ:何を言うか、キミは大胆エッチなアイドルシンガー「朱星りりる」として活躍できる……
ナオ:…ちょっと待ってちょっと待って!何か余計なのつきましたよねさらに!
ゴウ:いいだろう、「何を言うか」ぐらい言っても。
ナオ:そこじゃない!……なんですか「大胆エッチな」って!
ゴウ:そういうコンセプトのアイドルなんだよ。
ナオ:どんなコンセプトだよそれ!!
ゴウ:だから、隠語を連発するようなキワドイ歌を歌うアイドルとして……
ナオ:そんなアイドル嫌だわ!まずですよ、なんで男にやらせるんですかそんなの!!
ゴウ:いやいや女性に言わせたら悪いだろう、そんなエロティックな歌詞なんて。
ナオ:男でも嫌ですよ!!なんでそんなエロエロな歌詞を歌わなきゃですか!
ゴウ:大丈夫だ……キミは魂を届けたい、という強い気持ちがある。
ナオ:…この歌で何を届ければいいんですか!?
ゴウ:曲を聴いている男どもの股間に、エネルギーをだな………
ナオ:嫌だわ!なんで男どもを興奮させなきゃいけないんだよ!しかも男の僕が!
ゴウ:そういうニーズもだな……
ナオ:ねえよ!まずこっちが受付けねえよ!
ゴウ:…しかし困ったなあ、これでは、大胆エッチに歌って踊れるアイドルシンガー「朱星りりる」という計画が………
ナオ:…「歌って踊れる」!?
ゴウ:ああ、アイドルなんだから、踊りぐらいしないと………
ナオ:いや…まず人前で歌うってことですか!?僕が!?
ゴウ:ああ。
ナオ:姿を晒したらバレますよ確実に!ダメでしょそれ!?
ゴウ:そこで、あえて危ない橋をだな……
ナオ:渡らないでくださいよ!そんなチャレンジャー精神いりませんから!
ゴウ:大丈夫、大丈夫だ…キミなら、女装したらなんとかなる。
ナオ:またちょっと傷付きました。男として。……それになんとかなっても、女装したカッコで人前に出たくないです!
ゴウ:いや、でもな、肌露出の多い、エロエロコスチュームだぞ。
ナオ:余計無理だわ!大胆エッチの部分でだいたい読めましたけど!
ゴウ:そういうニーズもだな………
ナオ:なんなんだよそのニーズはよ!
ゴウ:…まあ最終的には服は脱いでしまうんだが………
ナオ:……ん、なんて?
ゴウ:だから君は、脱いだらすごいよ大胆エッチに歌って踊れるアイドルシンガー……
ナオ:「脱いだらすごいよ」ってなんだ!なんだそれ、どんなアイドルだよ!
ゴウ:そりゃあ、歌いながら少しずつ服を脱いでいくというパフォーマンスをだな……
ナオ:ストリップショーかよもう!!危なすぎる上に、僕は男ですから!
ゴウ:確かに、脱いだらすごいな………下半身とかな……
ナオ:ホントですよ、この野郎め!そんなこと言われても、脱ぎませんからね!
ゴウ:いや、心配しなくても大丈夫だ。その衣装は、少しずつ服の繊維がなくなっていくようになっているからな。
ナオ:なんなんだよその服!服としての役割果たしてないし!
ゴウ:友人に作ってもらったんだが。
ナオ:才能の無駄遣いだよ……なんですかこのアイドル…
ゴウ:この部分でいろいろ言われてもなあ………空飛ぶアイドルとしての活躍もあるのに……
ナオ:…うん、空飛ぶ?…空飛ぶって!?
ゴウ:だから君は、宙に浮かんで空を飛ぶ、脱いだらすごいよ大胆……
ナオ:「宙に浮かんで空を飛ぶ」って何だよ!もう増えすぎて意味わかんないしだな!
ゴウ:どうだ、なかなか斬新だろう!
ナオ:斬新の前の問題だわ!いろいろとぶっ飛んだな急に!
ゴウ:空飛ぶアイドルだけに、ぶっ飛んだ、と………
ナオ:うるさいよ!まずなんで空を飛ばなきゃいけないんだよ!
ゴウ:あのな………下から見上げるというのが、チラリズムにおいては重要でな……
ナオ:そういう目的かっ!!
ゴウ:まあ衣装的にはチラというよりは、モロ見える感じになるがな……
ナオ:下着ないのかよ!モロ見えはヤバいだろ!!…まず男!僕、男!!
ゴウ:だがな、そういう……
ナオ:ニーズはないって!!…それからそうだよ、空飛ぶってどうするんだよ……ワイヤーで吊り上げたり?
ゴウ:あ、そこはもう……がんばって。
ナオ:そこノープランかよ!!人間、いくらがんばっても空は飛べないんだわ!
ゴウ:そこはなんとかなるとしてだな……
ナオ:ならないんだって!
ゴウ:いやいや、君はあと、台風を呼ばなきゃいけないんだよ、そんなところでくじけちゃ………
ナオ:いや台風って!…台風って!!
ゴウ:言わなかったか?君には、宙に浮かんで空を飛び、台風を呼び雨風吹かせる、脱いだらすごいよ……
ナオ:もう長すぎて意味わかんねえわ!……いやそれよりだ!「台風を呼び雨を降らせる」ってもう、何なんだよ!
ゴウ:文字通り、台風を呼ぶだけだぞ。
ナオ:だけ、じゃねえよ!人間にそんな力ねえよ!
ゴウ:そう……話題の渦中どころか、台風の渦中にまでいるアイドルというな……
ナオ:なんだその発想!……いいや、台風呼ぶのを百歩譲ったとしてもさ!台風呼んでどうするんだよ!
ゴウ:そりゃあ、雨風で衣装は濡れ、スカートがはだけてな……
ナオ:やっぱそういう方向性かよ!もういいよもう!
ゴウ:そして会場を豪雨で襲い……建物を倒壊させるんだ。
ナオ:いや、台風ひどすぎるわ!会場壊してどうすんだよ!
ゴウ:それでも人々は叫ぶ…「…恵みの雨だ!恵みの雨だ!」
ナオ:干ばつに悩む農民か!
ゴウ:そしてさらに、人々は口々に言い放つ!「…神だ!我々に雨をもたらした、大いなる存在……」
ナオ:…どこの宗教団体だよこれ!
ゴウ:そう、そうして朱星りりるは神として崇められることになる……というわけだ。
ナオ:……なんだこれ!というわけだ、じゃねえよ!ライブじゃないし、まず歌、歌ってないし!!
ゴウ:でもな……正直、売れると思うんだ。
ナオ:無理でしょ!まずなんなんですかこの設定の多さ!
ゴウ:大丈夫、大丈夫だ!この私が目をつけた逸材だぞ!
ナオ:だから無理ですって!まず、男がやるんですよ!
ゴウ:…いいか。私が目をつけ、売り出したアーティストはすべてヒットしている………キミも間違いなく、成功する!
ナオ:ホントですか、それ………
ゴウ:そう、「宙に浮かんで空を飛び、台風を呼び雨風吹かせる、脱いだらすごいよ大胆エッチで歌って踊れるアイドルシンガー『朱星りりる』」。
………これで売り出したら、物珍しさにバラエティには出られるだろ。
ナオ:やっぱそういう方向性かよ!!
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